自主性は宝物

日頃のレッスンで、どんなに小さい子どもでも「自分で決める」ことを大事にしています。なぜなら、自分で決めることの先に本当の自主性が見えてくるからです。

自分で決めることは一見簡単なように見えますが、自分で決めるためにはある程度の自信(自分を信じる力)が必要なのです。

自分で物事を決める力は、大人になってから育てるのは本当に大変です。出来れば小さいうちから身につけておきたいものです。最初は自分で決める事が出来ない子どももたくさんいます。彼らは「これをしようと思うけど、どうしたい?」と尋ねると、①何も言わない、②「分からない」、③「先生が決めて」と自分では決断しないという結論を選びます。おそらく、彼らの育つ毎日の環境の中には、指示があふれてい、自分で決めるという選択を与えられてないということが想像できます。これをしなさい、あれをしなさい、という直接的な指示と、これをするのが当たり前、みんなやっているからする、という間接的な指示です。それに慣れているので、いざ「自分で決めていいんだよ」、と言われてもよく分からないのです。angry1

この指示を受けることに慣れすぎると、上手くできなかったことや失敗した場合に、その指示を出した人に責任を押し付けるようになります(他責)。子どもにしてみれば、「やれっていったからやっただけだ。上手く行かなかったのは、自分のせいじゃなく、やれっていった人のせいだ。」という理屈が成り立ちます。子どもの立場になって考えれば、これも自然なことです。しかし、更に心配なのは、これらの指示に頑張って全て応えてこれた場合です。周りから見れば完璧で手のかからないいい子のケースです。出来ないのは自分が悪いから、と自分を責めます(自責)。理屈がまかり通るケースも我慢して全てに応えてきたケースも、根本的には、自分が見つけられず、自信が無いことが多いです。自信が無いので、周りの評価がとても気になり、他人の言動に過剰に反応してしまいます。その先に、被害感情、不登校、引きこもり、暴力・暴言などの更なる問題に発展する可能性が隠れています。

時間をかけて子ども達と接していくうちに、最初は決断できなかった子でも大きな変化を目の当たりにする事があります。レッスンでは、最初は決めることができなくても、質問をし続けます。そして、全ての返答を受け入れます。すると、何も言わない→分からない→Yes or No(この段階で決断できています=自信の芽生え)→これをやってみようかな(自主性の芽生え)と、自分の意見がだんだん言えるようになってきます。

この変化を遂げるには実に時間がかかりますが、自分からやると言い出した瞬間が、私にとってもっともうれしい瞬間でもあります。自主性が育っていけば、結果は後からついてきます。結果が出れば、更に自信がつく、更にヤル気になる、という良いスパイラルに入ることができます。

もちろん、子ども達にとっても、質問され続けるのはきついことだと思います。でも、そのきつい状況だからこそ、自信をつけて、踏ん張る力を育てていけるのです。そして、そのきつい状況を作りつつ、いつでも子ども達に問いかけ、向き合って、彼らの力を信じていきたいと思っています。smile1